「贅沢貧乏」(森茉莉)

貧乏でありながらも贅沢に生きる

「贅沢貧乏」(森茉莉)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

牟礼魔利の部屋を
細叙し始めたら、
それは際限のないことである。
牟礼魔利は、自分の
部屋の中のことに関しては、
細心の注意を払っていて、
独り満足の微笑いを
浮かべているのである。
魔利の部屋にある
物象という物象はすべて…。

主人公の
牟礼魔利(むれまりあ)なる人物、
そうとう変です。
貧乏しているのにアパートの
6畳の部屋を豪華にしようと試みます。
どれだけ「豪華」なのか?
セミダブルのベッドは
「進駐軍の払い下げ品」で、
「なんの装飾もな」い代物です。
布団の表側は「橄欖地」、
裏側が「淡黄」であり、
その二色を持って「この部屋の中に、
ボッチチェリの宗教画にある色調を
摂り入れている」のです。
敷布は「白地に紅色の
細い二本縞の木綿」なのですが、
そこに横たわると「窻(まど)の向うに
砂漠の静寂を想っている」のです。
こうした記述が延々と続きます。
世間一般の感じる「豪華」とは
かけ離れた、
魔利基準での「豪華」なのです。

「貧乏人の自己満足」といってしまえば
それまでです。
作者自身もそうした魔利を
冷ややかに見下ろした形で
「魔利のすることの中には、
 魔利以外の人間から
 薄ら笑いをひきだすものが、
 事実多々ある」
と表しています。

さて本作品、
主人公・牟礼魔利は著者・森茉莉
(森鷗外の娘)自身であり、
書かれてあることは
森茉莉の身のまわりの事実と
ほぼ一致するのだそうです。
欧外なる大作家の娘で、
父親に溺愛されて育ったという
生い立ち、
家事不能でありながら
贅沢病という矛盾した性格、
年に一冊程度の本を書いて
生計を得ているという暮らしぶり、
そうした牟礼魔利の描写は
すべて自身を書き表したものなのです。

ではエッセイなのか?
本書新潮文庫のアンソロジー以外に、
本作品は講談社文芸文庫にも
収録されているのですが、
そちらの方は
「現代日本のエッセイ」シリーズの
一冊として刊行されているのです。
エッセイと言えなくもありません。

しかしながら、本作品に
書かれてあることを「エッセイ」として
受け取るわけにはいきません。
本作品は、
牟礼魔利という自身をモデルとした
架空の人物の行為
(それは自身の行為と重なる)を、
客観的に見つめる
(時にはあざ笑う)ことによって、
結果的に作者自身の
生き方の気高さが立ち顕れてくる
構造になっているからです。
本作品は、やはり
緻密に創られた小説なのです。

貧乏でありながらも贅沢に生きる。
なんと素敵な生き方でしょう。
考えて見れば、
私たちもそれに類することを
しているのではないでしょうか。
金に糸目を付けない「贅沢」ではなく、
自分の価値観に従い、
身の丈にあわせた「贅沢」を満喫する。
それこそが
「精神的な豊かさ」なのでしょう。

「世界の先進国の中で
日本だけが20年間
給料水準が全く上昇していない」という
衝撃的な事実をようやく突きつけられた
(なぜこれまでマスコミは
報道しなかったのか?)私たちです。
「その不合理を改善していく努力」と、
「貧乏でありながらも贅沢に生きる術」の
両方を実践していきたいものです。

(2022.1.20)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像
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